特集78-1 イベント酒場 経堂 さばのゆ 須田 直子さんをご紹介

経堂を愛した店主が仕掛けた名物づくりと店のはじまり
ユニークなのは店名だけではありません。『さばのゆ』はイベント酒場。銭湯でも、ただの居酒屋でもない特別な場所。
「経堂に住んでいた頃、銭湯に行きたくて検索すると、この店が出てきて困ったこともありました」。そう笑うのは、2代目店主の須田直子さん。
『さばのゆ』を立ち上げたのは、後に夫となる須田泰成さんでした。もともとはコメディライターですが、雑誌や広告の仕事から、テレビや新作落語の作家まで多才に活躍。何より“経堂愛の深い人”だったといいます。街を盛り上げるため、名物をつくろうと考えた泰成さんが出会ったのが、宮城県石巻市にある『木の屋石巻水産』のサバ缶。2007年にはサバ缶フェアを開催。ここで出されたメニューはテレビでも取り上げられ、話題となりました。そして、2009年に『さばのゆ』をオープン。「昔の銭湯のようにあたたかな人のつながりのある場をつくりたい」との思いが込められたそうです。
被災した友の力になりたいサバ缶がつないだ連帯と支援

大きな転機となったのは2011年の東日本大震災。木の屋のサバ缶で『サバ缶祭』を予定していた前日のことでした。
「彼(泰成さん)と木の屋さんはもう親友のような関係。力になりたいと思ったそうです」。工場は被災し、残されたのは津波による泥から掘り出されたサバ缶たち。
売り物にはできなくても、洗えば中身は食べられます。「泥がついたまま送ってもらい、商店街の有志の方々と店の前で洗って販売し、義援金にしたんです」。

この活動は全国へと広がり、計22万缶を販売。工場再建の一助となったといいます。直子さんは当時、経堂に住んではいたものの、泰成さんと知り合う前。ニュースで活動を知り、「すごく面白い、いいことをやっている人」と思ったといいます。時は流れ、2023年1月、泰成さんがグラフィックデザイナーの直子さんに仕事を依頼してふたりは出会い、運命に導かれたように3月には結婚。ところが同年12月、泰成さんは突然、病に倒れ、帰らぬ人となりました。
被災した友の力になりたいサバ缶がつないだ連帯と支援
「彼は、地元の人に愛された店がなくなることを誰よりも悲しむ人でした」
だからこそ、直子さんは店を残そうと決意したといいます。「肉体は失われても、彼の頭脳や心はここに生きている気がして。どうしたら残せるかと模索しました」。支えになったのは常連客や街の人々。「頑張りすぎると長続きしないよ、と声をかけてくれたり、相談にも乗ってくれています。彼は、仲間という素晴らしい財産を残してくれました」。

泰成さん考案のルールが店の居心地を守っている
イベントのジャンルは幅広く、泰成さんゆかりの人気落語家の落語会をはじめ、直子さんの代からは、ウクレレを気軽に練習できる『サバレレ部』も人気に。「ひとりで初めて来店される方も多いんですが、常連さんの人柄もあってリピート率が高いんです。私自身、彼と出会うまでは孤独な部分がありました。何のつても身寄りもなく引っ越してくる人もいるじゃないですか。そんな人が仲間をつくれて、いい湯加減でリラックスできる場所でありたいと思っています」。
『サバブックス』という本のレーベルも立ち上げ、トークライブや企画会議などの活動にも注力。「当初は彼の意志を継がなきゃと思い過ぎて、自分の仕事や個性をおろそかにしていたんです。イベントも彼の時代はアカデミックだったんですが、私はポップで楽しいことが好き。今は、私が得意なことも大切にしていこうと思えるようになりました」。
店のキャッチコピーとなっている『つくるとつなげる』という先代からの精神は、直子さんの代となってさらに育まれ、豊かな温もりの輪を広げています。

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