特集79-2 古きよき心を受け継ぎ今に生きる地域に根づく個人商店の新たな形

古きよき心を受け継ぎ今に生きる地域に根づく個人商店の新たな形

 「子どもの頃から毎日、親父の前掛けをつけて八百屋の手伝いをしていたんですよ」 そう笑うのは、瀬田で『八百源』を営む田中商店 取締役の田中修さん。
 1957年、八百屋勤務の父親が結婚を機に独立し八百源を創業。最初はリアカーで商いを始め、1961年に二子玉川の商店街に店舗を構えました。当時は「特売の日には人があふれて車が通れないほど」の盛況ぶりだったそうです。
 地域の人に愛される八百源を誇りに思う一方で、家業を継ぐ気はなかったと田中さんはいいます。「ところが、高校を出て経理の専門学校に入学した頃、兄が継がないことになり、父が可哀想になっちゃって」。そこで卒業後、家業を継ぐことを決意しました。

八百源
時代や暮らしが変わっても確かな目利きで顧客を広げる

 父の背を見て覚えたことは今も商いの礎ですが、八百屋を取り巻く環境は大きく変わりました。「昔は店売りが大半で配達販売は2割くらいでしたが、今は逆ですよね。8割5分くらいが学校や保育園、飲食店などへの配達になっています」。二子玉川商店街の店舗が老朽化し、12年前に瀬田へ移転してきましたが、場所よりも時代の変化のほうが大きいと感じているそうです。「専業主婦が減り、夕方、買い物に出るという暮らし方がなくなってきたんじゃないでしょうか。フキのような手のかかる野菜は売れなくなりましたね」
 とはいえ、八百屋の朝が早いのは今も変わりません。田中さんの一日は、朝5時前に起き、市場へ仕入れに行くことから始まります。八百源では、世田谷市場と大田市場を使い分け、最も状態のよい野菜や果物を仕入れます。例えば同じぶどうでも、山梨、山形と日ごとに旬を追って産地を変えて仕入れるのだそうです。
「そういう切り替えをうまくやれば、常においしいものを届けられます」という言葉に、長年培った目利きの確かさがにじみます。

 仕入れた食材は、朝は地域の小学校や保育園へ、日中は世田谷区や渋谷区などの飲食店へ配達。納品先は40軒近くにのぼります。夏には世田谷産のきゅうりや小松菜、大葉なども扱い、顧客に喜ばれているそうです。
 営業らしい営業はほとんどしてこなかったといいますが、取引先は自然に広がってきました。「その日のいちばんいいもの」を届け続けてきたことが信頼につながり、人気飲食店の社長から「八百源が持ってくるトマトは本当にうまいから」とさまざまな店に紹介されたこともあったそうです。

 八百源を支えてきたのは、品物のよさだけではありません。配達用の注文品は田中さんの妻が店番をしながら準備し、外国人客への対応は英語が得意な田中さんの母から妹へと引き継がれています。昨年は娘婿が店の改装と、せたがやPayなどキャッシュレス決済の導入やホームページ開設を手がけました。「ホームページを作ってから、問い合わせが増えました」と、新しい流れも生まれています。
 一方で、田中さんは67歳。朝は5時前に起き、夜は注文の集計で深夜1時を過ぎるといい、今後のことを考えるようになったと語ります。「長女が『継ぎたい』と言いますが、『簡単じゃないぞ』と話しています」と田中さん。それでも長女は配達プラットフォームの導入を検討するなど、新たな営業方法を実現したいと考えているようです。
 

家族で守りつくり上げた店を次代の新たな発想で未来へつなぐ

 店をリニューアルしてからは若い客も増え、この日も母親と一緒に未就学児の子どもが「おじちゃん」と店を訪れました。都心にありながら人と人との距離が近い世田谷で、八百源は地域の暮らしを支え続けてきました。父の代から受け継いだ「いいものを届ける」という古きよき心を守りながら、時代に合わせた仕組みも取り入れ、新しい形へとしなやかに進化していく。八百源の歩みは、この先も地域に根ざして続いていきます。

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